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前衛爆裂現代音楽 ヤニス・クセナキス


 ヤニス・クセナキス ( Iannis Xenakis ) はルーマニア生まれのギリシャ系フランス人の現代音楽作曲家。 2001年にこの世を去ったが、音楽のみならず数学や建築などの分野でも名を馳せた天才肌のアーティストである。 クセナキスは現代音楽というジャンルではトップクラスの知名度があり、 都会のタワレコや HMV の店頭では必ず彼の CD が何枚も置いてあるくらいメジャーな作曲家だ。 それでも現代音楽に馴染みの無い人にとってはやはりマニアックな存在にすぎず、管理人も現代音楽を聴くようになるまでは知らなかった。 というか、クセナキスの音楽に出会ってから現代音楽を聴くようになった。
 彼の音楽を一言で言い表してみるなら 「前衛爆裂現代音楽」 。 文部省推奨歌しか知らない人がうっかり耳にしたら、あまりの衝撃にブッ飛ばされて3日間くらい寝込むこと必至だ。 それくらい激烈で実験的で常識のレベルを逸脱しているのだが、 それと同時に綿密に計算しつくされた頭脳の明晰さも感じさせるのが、彼の凄いところ。
 まあとにかく、管理人の中でも最近クセナキス熱が再発してきたこともあって、 このページではクセナキスという人物と、その作品を少しばかり紹介してみようと思うのであります。

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 そもそも、管理人がクセナキスを知るようになったきっかけはテレビ番組。 小倉智昭氏が司会を務めるフジテレビの朝の情報番組 「とくダネ!」 で紹介されていた。 ちょうどクセナキスの 「 Synaphai 」 というピアノ協奏曲が日本人ピアニストの演奏で再録 CD 化されるという経緯で取り上げられていたような気がするが、 この 「 Synaphai 」 を演奏したら指から血が出た!とかいうアホみたいなエピソードに惹かれて、 これはヤバイ面白そうだと、ミーハー心を踊らして聴いてみたくなったのだ。
 管理人はそのとき確か高校3年生くらいで、毎日バロック音楽ばっかり聴いていた。 当時はアマゾンとかで欲しい CD を探す知恵も無かったし、そもそも家にネット環境もなかったから、 藤沢かどっかのクラシック音楽が充実している CD ショップに遠征、 そこの店員に 「あのぅ、クサ・・・なんとかの (覚えてろよ/笑) シナファイって曲がある CD ありますか?」 って恐る恐る聞いてみたら、 ちゃんと通じて親切に探してくれたのだが、たまたま運悪く品切れ状態。 そのまま何も買わずに帰るのは惜しいから、中身はわからんけど、とりあえずクセナキスの他の CD を1枚ジャケ買いしてみた。 そのジャケ買いした CD がコチラ。

Iannis Xenakis

 タイトルには彼の名前が書いてあるだけで、暗号のようなアートワークが印象的な2枚組コンピ盤。 これ、最初は全然気付かなかったが、後になって " XENAKIS " というアルファベットを規則正しく解体したものだと分かって感心させられた。 しかし肝心の中身は、どの曲も耳障りな不協和音満載の恐ろしい (と当時は思った) 音楽ばかり。 現代音楽に対して免疫がなかった身としては、スゲ〜!とは思いつつも正直ワカラネェ・・・と打ちひしがれ、しばらく放置した記憶がある。
 そんなこのアルバム、Disc1 は管弦楽曲が並び、のっけの 「 St/48, 1-240162 」 (1959-62年作) からストリングスがギュイ〜ンとうねりながら、 異次元が現実世界を飲み込むかのような勢いで不協和音が襲い掛かる。 続く 「 Polytope de Montreal 」 (1967年作) は、「プヒャー!!」 ってな管弦楽の大爆発にいきなり面食い、 そのまま不穏な感じで進みながら、時々例の 「プヒャー!!」 が炸裂する、ビックリ肝試しサウンド。 最初の2分半を一定の音の高さでストリングスが引っ張り、そこからウネウネと発展していく4曲目 「 Terretektorh 」 (1966年作) なんかも好み。

 しかし、このアルバムの目玉は何と言っても Disc2 に収録されたクセナキスの代表曲 「 Persepolis 」 の存在だろう。 8トラック・テープによる轟音ノイズが小一時間容赦なく続くこの曲は、 金属の摩擦のような高音域やジェット機のエンジン音を思わせる重低爆音が幾層にも重なり合い、 ハーシュノイズ的な音塊となって迫り来る電子音楽の記念碑的作品である。 この 「ペルセポリス」 は、イランの第5回シラズ国際芸術祭の委嘱によってクセナキスが作曲し、1971年にペルセポリス遺跡にて日没後に初演された。 会場に設置された100台のスピーカーから垂れ流される圧倒的な音響の中、張り巡らされたレーザー光線が遺跡を照らし出し、 子供達がトーチライトを持って歩き回るといった視覚的な演出も同時になされたという。 すなわち、純粋な音楽ではなく、サウンドとビジュアルが融合した一大スペクタクル・アートとして企画されたのだ。 この野外演奏の光景や聴衆が味わった臨場感はこの CD からは窺い知ることはできなくても、 「ペルセポリス」 が現代音楽界に燦然と屹立する歴史的大作であることは、その規格外の内容が示している。
 幾つかのヴァージョンとともに CD が発売されている 「ペルセポリス」 だが、 ここで紹介しているのは2003年にリマスターされ、ドイツのレーベル Edition Rz からリリースされたもの。 アメリカのレーベル Asphodel よりリリースされたヴァージョンは、 オリジナルの他、メルツバウなど複数のミュージシャンによるリミックスが収録されており、こっちより有名かもしれない。
 「ペルセポリス」 の正しい鑑賞法はこうだ。防音処理を施した部屋で出力最大で流しながら正座して聴く。 あるいは、小さめのボリュームで心地よい睡眠のお供に・・・。むかし管理人は昼間 「ペルセポリス」 を一曲リピートで再生していたらうっかりウトウトしてしまい、 辺りが静まり返った夜になって爆音のなか目を覚ましたことがあります。(近所迷惑!/笑) あと、ハマると病みつきになる恐れがあるので要注意。

Orchestral Works, Vol.3

 出ました! 弾くと指から血が出るピアノ協奏曲 「 Synaphai 」 (1969年作) を収録した4曲入り管弦楽曲集。 結局あれからしっかり見つけて購入して、何が始まるのかとワクワクしながら再生ボタンを押したものだった。
 アルチューロ・タマヨの指揮でルクセンブルク・フィルハーモニーによる演奏の本作。 ピアノのパートを演奏した大井浩明は、大学を中退して独学でピアノを学んだオルタナ系奏者で、 再現難度の高いクセナキスの鍵盤作品を全て制覇したという、大のクセナキス・フリーク。 この偉業は誰にも破られていないというから何とも凄い。で、実際確かにこの 「シナファイ」 はピアノが凄い。 バックの管弦楽軍団も例によって不協和音でヒーヒー鳴りっ放しだが、ピアノの方はとても正気の沙汰とは思えない荒仕事。これって楽譜どんなんだろう? と思って調べてみたら、なんとピアノの独奏パートは10段以上の5線で書いてあり、指1本に付き1段の楽譜が割り当てられているという。 無論、ピアノを複数人で演奏する訳でもなく、ましてや打ち込みに頼るはずもない。 開始10分過ぎあたりから始まるソロ・パートはまさに圧巻だ。 激しくのた打ち回る鍵盤、一瞬止まって、おやっ?と思ったら、猛然と復活して鍵盤が荒れ狂う。 最後はピアノ・管楽器・弦楽器・打楽器の総動員体制で鳴らしまくって終了。とんでもない曲だ。
 しかし、そんな 「シナファイ」 よりも、2曲目の 「 Horos 」 (1986年作) の方が個人的にお気に入りだったりする。 ホルストの組曲 「惑星」 の第1楽章 「火星」 ばりに恐怖がジワジワと押し寄せる序盤、不協和ストリングスが執拗に攻め立てる中盤、 そしてこの世の終末が訪れるかのように混沌が渦巻くエンディングと、よく練られたドラマチックな展開が冴え渡るこちらも15分を超える大曲だ。 この曲ではピアノは登場しないが、代わりにオーボエの音色がいい味を出している。 あのツベ〜ハヘ〜ってな脱力音は、聴く者を宇宙に放り出されたような不思議な感覚に引きずり込む。

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 CD 紹介は一旦中断して、ここでクセナキスという人物について少々触れる。 建築と数学を学んだ若き日のクセナキスは、第二次世界大戦中に反ナチスの抵抗運動に加わるが、 銃弾を顔の左側に浴びて重症を負い、左目を失明してしまう。(そのため、彼の写真の殆どが顔の右半分しか写っていない)  彼はそのまま逮捕され死刑を宣告されるが、辛うじてパリへ亡命を果たしたのだった。
 以後フランスを活動の拠点とすると、建築家ル・コルヴィジェの下で働く傍ら、パリ音楽院でオリヴィエ・メシアンらに師事するなど作曲を学び、 培った数学の理論を応用した作曲方法を生み出していく。 1954年に作曲された 「 Metastaseis 」 は、グラフ図形を元に縦軸を音高、横軸を時間として音響の変化に反映させたオーケストラ曲で、 ドイツのドナウエッシンゲン現代音楽祭にて初演されて音楽家デビューを飾った。 その後もコンピューター・テクノロジーを駆使した作曲方法で未開の境地を切り開いたクセナキスは、 2001年に他界するまでに170を超える作品を生み出し、クラシックの現代音楽のみならず、電子音楽、ノイズ、テクノまで様々なジャンルで多大な功績を残した。

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Electronic Music

 CD 紹介に戻る。これは管理人が学生時代に一時期サークル・メイトだったS氏から借りパクしたもの。 いや、厳密に言えば、S氏が行方をくらましたので返却できなかったのだ。
 まあ、それはさておき、このアルバムは電子音楽集である。 バイオリンやピアノを用いた曲ならば、たとえ前衛的でもまだまだクラシックという範疇で捉えやすいが、 ここにあるのは音楽としての体裁を成していない (と普通は思う) 実験的ノイズばかり。 2曲目の 「 Concret PH 」 (1958年作) は何かシャリシャリいってるだけだし、 5曲目の 「 Hibiki-Hana-Ma 」 (1970年作) は 「響き-花-間」 というタイトルはジャポニズム的だが、 無論 「わび・さび」 的なメロディーが飛び出す訳でもなく、上述の 「ペルセポリス」 にも通じる意味不明な騒音が表情を変化させながら17分続く曲。 6曲目の 「 S.709 」 (1970年作) はもっと酷い。 エレクトリック・ワームの狂宴とでもいうべき歪みまくった電子音が 「ビチャクチャ キュベー」 とか唸ってて実に気持ち悪い。 しかし、こんな曲を40年前に作っていたことを考えると、いかにクセナキスが時代を先取りしていたか改めて思い知らされる。

Chamber Music, 1955 - 90

 続いてこちらは2枚組の室内楽曲集。 こうしてみると、クセナキスの音楽は至極耳障りで取っ付きにくいものと思われてしまいそうだが、そうとも言い切れない。 本作収録曲にはピアノや弦楽器の独奏曲も多く、読書や芸術制作時の BGM としても機能しそうだ (慣れればだが)。 Disc1 2曲目のピアノ独奏曲 「 Mists 」 (1980年作) は静と動を行き来する無音界旋律が印象的で、どこかフリージャズにも通じる雰囲気。 同じくピアノ独奏曲である Disc2 5曲目 「 Evryali 」 (1973年作) は曲の多くの時間帯が16分音符の規則的な反復で支配されており、 後のテクノ音楽にも大きな影響を与えたという。このアルバムは個人的に所持しているクセナキス CD の中でもお気に入りだ。
 あと余談だが、うちのサイトの名前は、Disc2 の3曲目 「 Nomos Alpha 」 (1965-66年作) からそのまま拝借しています。 弦を擦ったり叩いたり弾いたりと多彩な音色を聞かせるチェロの独奏曲で、この曲が特別好きって訳でもないけど、ただ単に語感が良かったから・・・。

Various Works

 管理人はもともとバロック音楽ファンなので、ピアノよりチェンバロの音色の方が好きだったりする。 クセナキスの作品にもチェンバロを使用した曲が幾つかあり、チェンバロ系を4曲収録している Disc2 目当てでこのアルバムを買ってみた。 案の上、心地よい和音なんかあるはずもなく、クセナキス節としか形容しようのないアクロバティックな無音階不協和音のオンパレードである。 独奏曲の1曲目 「 Naama 」 (1984年作) は右手は引きつったような痙攣メロディー、 一方の左手はときどき戦闘機の空爆みたいにドーンって鳴らして、最後は錯乱したように支離滅裂になってボーン!で終了。 最初聞いたときは、これチェンバロの使い方間違ってるだろ!って思えて笑った。 4曲目の 「 Komboi 」 (1981年作) は協奏曲スタイルで、パーカッションや木琴もフィーチャーしていてカッコイイ。 チェンバロ好きにはお勧めの一枚だ。

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 以上、管理人が持っている CD の一部を紹介してみた。この他にもクセナキスは声楽曲も多く残しており、こちらも今後聴いてみたいものだ。 ただ、クセナキスの輸入 CD はレーベルによって値段がやたら高い場合もあるし、 そもそもクラシック音楽は所謂ポピュラー・ミュージックと違って安価なダウンロード環境も十分整備されていないので、 それなりに集めるにはお財布との相談も必要になってくる。 彼の音楽はバリバリの現代音楽でやはり聴く者を選ぶけど、 このサイトを閲覧してくださっている方々は程度の差はあれ Strange Music が好きな Strange People だと思うので(失礼)、 もし興味を持っていただいたならば一度聴いてみて下さい。 特にノイズ/インダストリアル・ミュージックのファンなら琴線に触れるかもです。

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