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Mute Records


 またしても、80年代初頭のイギリス。 パンクを発端に波紋のように広がっていった革新の波が、ロック・ミュージックの新しいスタイルを次々と生み出していったことは周知の通りだ。 音楽の表現手法としての枝葉の部分を削ぎ落としてパンクが内包する過激さのみを研ぎ澄ましていったハードコア勢、 それとは逆に知恵を絞って旧来にはない演出を模索したニューウェイブ勢、 はたまた自己の内面を投影した漆黒の耽美世界に芸術性を求めたゴシック勢、等々・・・。(ここら辺は以前のレーベル探行で既に触れてます)
 このような新興勢力とはまた別に、コンピューター・テクノロジーの進歩にロックの新しい可能性を見出した一派が今回の主人公たち。 リズムマシンやシーケンサーなど、機械というフィルターを通して表現活動を行った彼らは、ポストパンク時代の申し子でありながら後のテクノ全盛時代の到来をいち早く予見していたのだろう。
 てな訳で、レーベル探行の第四回は、そんな機械オタクたちが集うミュート・レコードとともに、 エレクトロ・ミュージックの変遷を概観するタイム・トラベルです。

1、パンク後の新興エレクトロ・ポップ勢

 英国のインディ・レーベルであるミュート・レコードは、 創設者ダニエル・ミラー氏自身のプロジェクト The Normal のシングル曲リリースに伴って1978年に設立された。 Factory Records の影響なのか、発表作品にはカタログ・ナンバーを与えられており、 シングルなら Mute 1 、アルバムなら Stumm 1 、ベスト盤なら Mutel 1 、てな具合に管理されている。 なので、シングルのカタログ・ナンバー1は The Normal の曲となる訳だが、 気になるアルバムのカタログ・ナンバー1は・・・?



DAF / Die Kleinen Und Die Bösen (1980)

 いきなり DAF かっ! そうなんす、ミュートのカタログ Stumm 1 は我らが ホモセクシャル ボディ・デュオの 2nd アルバム。 次作 『 Alles Ist Gut 』 はガビ兄さんの肉体萌え萌えジャケのアレでしたな。 しかし、この時点では DAF はまだバンド編成だったようで、おぉ、だからギターノイズとかも至るところで鳴りまくりなのだ。 このアルバムを聴くと、あの 『 Alles Ist Gut 』 でさえいたく洗練されたサウンドに思えてしまう、 それほどにこのアルバムは 「初期作品だぁぁぁぁ!」 ってなバラバラ加減がまた一興。 ところが、彼らは本作リリース後に EMI を共通の親会社に持つ Virgin Records に移籍してしまったので、 彼らがミュートの顔とは言えなのが安心安心。(何が)



Fad Gadget / Fireside Favourites (1980)

 Fad Gadget こと Francis John Tovey による一人プロジェクトの 1st アルバム。 テクノポップ meets パンクロックとでも言うべきサウンドに彼の存在感溢れるボーカルが乗るスタイルは、 DAF や Nitzer Ebb らのボディ・ミュージックとは似て非なるもので、むしろクラウト・ロックからの影響を強く感じさせる。 彼との出会いがダニエル・ミラーにレーベル創設の動機を与えたらしく、 実際のところダニエル・ミラーは早くから Can や Neu! や Kraftwerk といったドイツ勢に興味を示していた。 そういう意味で Fad Gadget は初期ミュートを語るうえで欠かせない重要アーティストなのである。



Depeche Mode / Speak And Spell (1981)

 ニューロマ・ブームの追い風を受けて早くから頭角を現した、説明不要の大御所ユニット。 当初はアイドル人気が先行したものの、徐々にダークでシリアスなイメージとともに本格派アーティストとしての評価を得て、 80年代半ばには世界的な成功を収めることになる。 この 1st アルバムはさすがに音がコロコロとかわいいエレポップだが、それでもただの軟派ディスコに終わらない実験性みたいなものが感じられる。
 2009年現在に至るまで第一線で活動を続ける彼らは、全てのアルバムをミュート・レコードから発表しており、財政面での貢献度も他とは桁違い。 そんな正真正銘の看板アーティストをたった一枚のアルバムで片付けてしまうのは大変恐縮だが、 管理人はデペッシュ・モードは好きじゃないので、ちゃちゃっと終了。



Yazoo / Upstairs At Eric's (1982)

 初期デペッシュ・モードのメイン・ソングライターだったヴィンス・クラークがユニットを脱退して新たに結成したエレポップ・デュオの 1st アルバム。 彼の新しいパートナーは、ソウル・ R&B 系の歌手として活動していたアリソン・モイエ。 てか、すいません、このひと男だと勘違いしてました(失礼) なんせ女性にしては低めの声域かつパワフルな歌いっぷりときたもんで、 そこに黒人音楽の影響を感じさせるポジティヴでメロディアスな楽曲群ときたら、 当時すでに昨今のヒット・チャートのブラック・ミュージック全盛ぶりを予見していたような、ボーダレスな魅力が満載。 イギリスでは2位、アメリカでもスマッシュ・ヒットを記録した。
 なお、1983年に 2nd アルバムを発表後早くも Yazoo を解散させたヴィンス・クラークは、The Assembly を経て Erasure という新たなエレポップ・ユニットを立ち上げ、 現在まで多数の作品をミュート・レコードよりリリースしている。



Nitzer Ebb / That Total Age (1987)

 DAF の後継者とでもいうべき EBM ユニットの 1st アルバム。 暴力的なハンマービートとメタルパーカッションの乱打でミニマルに反復する彼らの武闘派サウンドは、当時は 「過激すぎて30分以上ライブが出来ない」 という評判を呼ぶほど衝撃的で刺激的だった。 本作にひきかえ、次作以降はやや大人しくなっていったようだが、 それでも彼らはニューウェイヴ・エレポップとボディ/インダストリアル界を跨ぐ存在として後のアーティストに多大な影響を及ぼしている。

2、個性派ポストパンクの隠れ家

 ミュート・レコードは80年代中頃からアンダーグラウンド音楽シーンの最先端を意識したようなサブ・レーベルを次々とオープンさせるようになる。 1985年頃に開設された Blast First は、いわゆるオルタナティヴ・ロック系が多く、 Sonic Youth の名盤 『 Daydream Nation 』 を英国でリリースしたのも実は Blast First 。 この他有名どころでは Dinosaur Jr やフィンランドのノイズ系デュオ Pan Sonic の作品などを世に送り出している。
 母体のミュート・レコードの方も早くからエレクトロ系の範疇に限らない運営を行っていたようで、 以下のような元祖オルタナ系とでもいうべき個性派ポストパンク・バンドの作品をリリースしている。



Nick Cave & The Bad Seeds / From Her To Eternity (1984)

 The Birthday Party を解散させたオーストラリア出身ニック・ケイヴの新しいバンドの 1st 。 The Birthday Party 時代の発展系というか、相変わらずニック・ケイブの型破りなボーカルとガチャガチャな荒演奏が狂気の暗黒世界を繰り広げる、 ぶっちゃけ、かな〜り変なアルバム。 Nick Cave & The Bad Seeds は結成時から現在に至るまでミュート一筋だから、Depeche Mode と並ぶ看板バンド。
 なお、後述する Einstürzende Neubauten のリーダー、ブリクサ・バーゲルトはこのバンドの創立メンバーでもあり、 2009年に脱退するまで長い間ニック・ケイヴと活動を共にしてきた。



Wire / A Bell Is a Cup... Until It Is Struck (1988)

 ミュートに移籍して活動を再開させた第二期ワイヤーのスタジオ2枚目。 ろくな演奏力が無いから 「ロックでなければ何でもいい」 とか開き直って挑戦的な切り口でパンク精神を体現していた彼らも、 このアルバムではなかなかに聴きやすいニューウェイヴ・ロックを展開。 叙情的なメロディーにマイルドなバンド・サウンド、そこに溶け込むシンセサイザーのベールはやはりミュートならではのエレクトロ感覚ってとこか? シュールなジャケ絵とともにその魅力を引き立たせている。

3、インダストリアル・ミュージックへの接近

 再びサブ・レーベルの話に戻る。1989年に立ち上げられた The Gray Area は、いわばダニエル・ミラー氏が執り行う工業音楽の世界遺産保護活動。 Throbbing Gristle や SPK の復刻盤をリリースしたり、DAF の Virgin Records 時代のアルバムを再発したりと重要アーティストが多く、 インダストリアル・ミュージックの地位向上に大きく貢献している。でも、こんなんで採算合うのだろうか?
 で、親会社のミュート・レコードの方も80年代後半からインダストリアル系ユニットの顔ぶれが並ぶようになり、レーベル・カラーを特徴付けている。



Laibach / Opus Dei (1987)

 軍服を着たヒゲ男ミラン・フラスを中心とした旧ユーゴスラヴィア出身の前衛インダストリアル芸術集団の 3rd アルバム。 雄壮なオーケストラと重厚な打撃音とミラン・フラスの冷厳なバリトン声が東欧の乾いた空気に鳴り響く革命的インダストリアル・サウンドは、 西の世界の生ぬるいポップ・バンドを寄せ付けない圧倒的な迫力とファシズム(じゃないよ実際は)的なオーラに満ち溢れている。 近年の作品では時代の流れに即応してか、初期には無かった打ち込みサウンド主体にシフトしており、そのあたり音や見た目の割には柔軟な活動姿勢だ。
 それと、彼らはカバー曲が多いことでも有名で、ヘタしたら全キャリアの発表曲の半分以上がカバー曲じゃねーかー?(笑)  過去のアーティストの名曲から、音楽の父 J.S.Bach の傑作フーガ集、ひいては一国の国歌にいたるまで、 その全てをネタにしてしまう豪胆さはこれからも他の追随を許さないだろう。コケノムスマデェ〜♪



Einstürzende Neubauten / Tabula Rasa (1993)

 西ベルリンで結成されたドイツ出身の実験音楽ユニットがミュートに籍を置いての第一弾 (通算6枚目のスタジオ・アルバム)。 初期の頃の暴力的なジャンク・ノイズとは打って変わって耳障りの良い曲が増え、女声の 「語り」 や民族音楽的な要素を取り入れた意欲作となっている。 それでも、ただマルくなっただけに終わらない懐の深いアート感覚、そして独特の空間的音響処理はさすが。
 バンドのリーダーであるブリクサ・バーゲルト君は、ギョロ目とハリネズミ頭と異星人ボイスがトレードマークの痩せ男で、ゴス/インダストリアル界のカリスマだった。 でも最近の写真を見てみたらかなり巨漢になってました。

4、メインストリーム・サクセス

 1992年にテクノ/ハウス系に特化したサブ・レーベル Novamute を設立して流行の波を見据えたミュート・レコードであるが、 先に述べたデペッシュ・モードという例外を除けば、何だかんだいってもパンク上がりの電気音楽マニアが集うアングラ・レコード会社という感は否めない。 それでも近年ではワールドワイドな成功を手中に収め、スターと呼ぶに相応しいビッグ・ネームが続々と現れている。 ミュート・レコードは2002年に大手 EMI の買収を受けながら、創設者のダニエル・ミラーは引き続きレーベル運営を続けているようで、 今後ともエレクトロ界の流行発信源として注目していきたいものだ。



Moby / Play (1998)

 ジャケ写を見る限り、2nd アルバムの頃はまだフサフサだったものの、 続く 3rd アルバムで早くもそのヘア・スタイルを確立したインテリ風メガネ紳士 Moby こと Richard Melville Hall 氏は、 自ら作詞、作曲、演奏、編集、プロデュース活動まで何でもこなすアメリカ出身のマルチ・タレント・ミュージシャン。 今まで紹介してきたアーティストとは違って、彼の音楽性はパンクロックではなく黒人音楽からの影響を感じさせるクラブ・ミュージックが基本スタイルだ。 この 6th アルバムは収録曲が映画やテレビ・コマーシャルで使用されたこともあって、全世界で1000万枚を売り上げる爆発的ヒットを記録。 一部のマニアやクラブ・ミュージック・ファンを超えて広く一般層にその名を知らしめる大出世作となった。



Goldfrapp / Supernature (2005)

 2000年発表のデビュー・アルバム 『 Felt Mountain 』 がマーキュリー賞にノミネートされる栄誉を受け、一躍現代ミュートのヒロインに上り詰めたアリソン嬢、と、あと脇役ウィルおじさんの2人組。アリソン嬢は 2nd 、そしてこの 3rd アルバムではセクシーなビジュアル・イメージも打ち出して、遅まきながらポスト・マドンナの座を狙って邁進中。そんな彼女たちのエレポップ、テクノ、ニューウェイブ、ディスコ、 あとトリップホップとか全〜部飲み込んだ美味しいとこ取りサウンドは、しばしば 「エレクトロ・クラッシュ」 と呼ばれており、新しいサブ・ジャンルとして定着しつつあるようだ。 これがエレクトロ・ミュージック界の最前線なのかはワカランけど、ふと気付けばこのページで初めて登場する女性主導型アーティストだったり。とにもかくにも、ミュート・レコードに色気という商売戦術を持ち込んだ功績はデカイ。

 さて、以上レーベルを代表するアーティストについて大雑把に触れてみたが、 書きながらつくづく思ったのは、エレクトロ系とはいえど、どのアーティストも根っこにパンク・ロックの遺伝子が組み込まれているんだなぁということ。 さらにもう一つ、上で紹介した Moby や Goldfrapp のようにパンク・ロックの要素が薄い方がやっぱり売れるんだな〜と再認識しつつ、 いい加減に次回こそはイギリス産じゃないレーベル探行をしようと思うのであります。

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