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Andrew Eldritch
アンドリュー・エルドリッチ


 The Sisters Of Mercy のワンマン・リーダーであり、篭った低音ボイスに、自問自答の暗い歌詞、黒ずくめの衣装と、まさに泣く子も黙るゴスの帝王。とはいえ、PV でのクサイ演出や、ライブで披露される ABBA の 「 Gimme! Gimme! Gimme! 」 のカバー (←ワラッタ)などから察するに、根はお茶目キャラなのかもしれない。普段はサングラスを着用しているため素顔は見せないが、実際はなかなかのイケメンである。彼はオックスフォード大学出身で、フランス語、ドイツ語、中国語を学び、この他にオランダ語、イタリア語、ロシア語、セルビア・クロアチア語、ラテン語の知識もあるという才人である。(でも中国語は忘れてしまったらしい。)
 学生時代は地元リーズのパンク・シーンでフリーのドラマーとして音楽活動をしていたが、1980年にゲイリー・マルクスと一緒に The Sisters Of Mercy を結成。併せて自主レーベル Merciful Release (命名のセンスがイイ/笑)を設立する。当初は彼自身がドラムを叩いていたが、ボーカル業に専念するためドクター・アヴァランシュなるドラムマシンを導入。インディーズでシングル曲を多数リリースして着実にファンを増やし、1985年に満を持して 1st アルバムをリリースした頃には、名実ともにゴス界の頂点に君臨する存在となる。
 が、順風満帆な時代はそう続かない。この頃から途中加入のウェイン・ハッセイとの間で壮絶な主導権争いが繰り広げられ、やっちまえー!とばかりにウェイン側は遂に解散クーデターを敢行。各メンバーは散り散りバラバラになり、アンドリューの下に残ったのはドラムマシン一台のみ。この解散劇は待望の来日公演の直前のことだった。
 バンドをめちゃめちゃにされて怒り心頭のアンドリューは、ウェイン側が The Sisterhood の名で活動を始めようとしていることを知るや否や、「お前らバンド名似過ぎだろコラーッ!」とばかりに猛抗議。そこで名案を思いついたアンドリューは、「あいつらが動き出す前にオレ様が The Sisterhood を名乗ってしまえ!」とばかりに新曲を一曲ちゃちゃっと書き上げて、The Sisterhood の名で公式リリースという暴挙に出る。おとな気ないバンド名略奪作戦にしてやられたウェイン側は、The Mission の名でキャリアをスタートさせることになった。
 なお、アンドリューが強引に立ち上げた The Sisterhood は、実はボーカルはアンドリューではなく、ジェイムズ・レイなる人物が担当している。先のシングル曲の後、自身の Merciful Release から LP 『 Gift 』 をリリースするが、やはり臨時ユニットとしての場当たり感は否めず、アンドリューは The Sisters Of Mercy の名で活動を再開させることを決意する。
 The Mission の 1st アルバムに負けじと、シスターズは 2nd アルバムを発表し、全英9位の大ヒットと完全復活。続く 3rd アルバムの際には、ヒップホップ・ユニット Public Enemy と北米ジョイント・ツアーを企画するも、白人と黒人のファン同士の衝突を恐れたアメリカの街は次々とライブを禁止するようになり、ツアーは半ばで中止という憂き目に遭う。またこの頃には、アメリカのレコード会社 EastWest との関係がこじれ始め、1993年にはベスト盤 『 A Slight Case Of Overbombing 』 を最後にもうレコードは作らないと、アンドリューは EastWest に対するストライキを宣言。彼は1997年に SSV の名でテクノ・アルバムを制作し、EastWest との関係はめでたく解消することになるが、結果としてこの作品は正式なリリースには至らずじまい。こうして現在に至るまでシスターズは新作を出すことなくライブ活動だけ継続しているのである。
 アンドリューは今や頭も丸くなってしまい、黒い光を放つサングラスのみが昔の面影を語っている。こうして半生を振り返ってみると、醜い仲違いと反逆の連続ではあるが、ゴスファンにとって彼は何があろうと絶対的なカリスマなのだ。


― 関連人物 ―

Doktor Avalanche (ドクター・アヴァランシュ)

 The Sisters Of Mercy の一員であり、バンドの草創期から今日に至るまでアンドリューに仕え続ける忠実なドラムマシン。テクノロジーの進歩に伴って高性能の型に随時入れ替わるが、心はいつも一つである。


Wayne Hussey (ウェイン・ハッセイ)

 Dead Or Alive からシスターズに移籍して 1st アルバムを制作。第一期黄金時代を築くが、アンドリューの独裁体制に辟易してクレイグ・アダムスと共にバンドを離脱。新バンド The Sisterhood を始動させようとしたところ、アンドリューに The Sisterhood のバンド名を乗っ取られ、やむなく The Mission に改名。こうして2人は犬猿の仲となる。

Craig Adams (クレイグ・アダムス)

 ゲイリー・マルクス、ドクター・アヴァランシュに次いで、1981年にシスターズに加入したベーシスト。アンドリューとウェインの大喧嘩の際にはウェイン側に付き、一緒にバンドを脱退する。


Gary Marx (ゲイリー・マルクス)

 1980年にアンドリューと共にシスターズを結成したギタリスト。1985年にバンドが空中分解した後は、Skeletal Family のアン・マリーと組んで Ghost Dance を結成する。



Patricia Morrison (パトリシア・モリソン)

 ルックス面強化のセールス・プロモーション要員としてアンドリューに雇われた女性ベーシスト兼コーラス隊。The Sisterhood 時代にアンドリューの同僚となり、シスターズの 2nd アルバム 『 Floodland 』 の頃はバンドの " 唯ニ " のメンバーとしてアルバムのヒットに貢献するが、契約上の金銭トラブルでアンドリューともめてバンドを去る。

Tim Bricheno (ティム・ブリッチェノ)

 シスターズの 3rd アルバム 『 Vision Thing 』 の頃の同僚ギタリスト。All About Eve を脱退した後シスターズに加入するが、1993年に脱退した。



Tony James (トニー・ジェイムズ)

 元 Generation X のベーシストで、シスターズには 3rd アルバム 『 Vision Thing 』 の頃に加入している。




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